新しい機械を買う前に、机の上を見てください
会議や商談の記録を、そろそろAIに任せたい。そう考えたとき、まず「録音用の機械を買おうか」と通販サイトを開く方は少なくありません。比べ始めると、あっという間に時間が過ぎていきます。
打ち合わせが終わってから「あのとき何と言ったか」を思い出せず、相手にもう一度聞く。言った、言わないで気まずくなる。記録をAIに任せたい理由は、たいていこうした場面にあります。
最近、X でよく読まれている話題があります。普段使いの腕時計型の端末で会話を録音し、心拍などの体のデータと合わせて1日を振り返れる、買い切りのアプリが紹介されました。もう一つは、パソコンとスマホをケーブルでつないで、手元でAIを動かす処理を速くする道具です。
二つに共通するのは、新しい機械を買わずに、すでに持っている物でAIの便利さを得るという発想でした。読まれている理由も、その手軽さにあります。
考えてみれば、経営者の机の上にはスマホがあり、腕には時計があります。AIの道具を探す前に、まずそれらで何ができるかを確かめる。順番を一つ入れ替えるだけの話です。
なぜ今、この順番が大事なのでしょうか? AIまわりの道具は、次から次へと出てきます。そのたびに買っていたら、使い方を覚える前に引き出しが埋まってしまいます。先に今ある物で試し、足りない部分だけを補う。これなら出費も、使わない機械も増えません。
ただ、録音には外せない確認が2つあります。相手の同意と、データの保存先です。ここを飛ばすと、便利さより先に信用を失いかねません。
この記事では、すでに持っている端末をAIの道具にするときの考え方と、今日の打ち合わせから試せる手順をお話しします。
いきなり実行させない。先に「対照表」を出させる
講義の第1回で、ファイル名をそろえる話をしました。たくさんのファイルの名前をAIに一括で変えてもらうとき、講義では一文を足すようにお伝えしました。「変更前後の対照表を作成してから実行してください」。
この一文があると、AIはいきなり名前を変えません。まず「今の名前」と「変えた後の名前」を並べた表を出してきます。表を見て、気になる行だけ直してから実行する。そうすれば、元の名前を失いません。
AIは頼まれたことを素直に、しかも一気に進めます。速いのは長所ですが、間違った方向にも同じ速さで進みます。だから実行の前に、一度だけ人の目を通す場所をつくっておくのです。
講義で扱ったのは、あくまでファイル名の話でした。ここからは僕の解釈ですが、端末選びや録音の段取りも、実行の前に一度確かめるという点で同じ考え方だと見ています。機械を買う前に、今ある端末でできることを表にして見比べる。録音を始める前に、同意と保存先を確かめる。どちらも「実行の前の対照表」です。
もう一つ、第1回の後半では、自分がAI活用のどの段階にいるかを確かめる問いを扱いました。「AIに質問したことがある」「複数のAIを使い分けている」「自動で動かしているタスクがある」と順に自分に聞き、「はい」が続いた最後が現在地です。
そこで話した壁の一つが、「個人の効率化」から「組織設計」への転換でした。腕時計で自分の1日を振り返るのは、自分ひとりで完結する使い方です。一方、会議や商談の録音には、必ず相手がいます。社内の決まりや相手の気持ちまで含めて段取りを組む。僕の考えでは、ここが組織設計の入り口になります。
今日の打ち合わせで試せる3つの手順
ここからは、今日の打ち合わせで試せる手順です。使うのは、いま持っているスマホとパソコンだけです。
①端末の棚卸しをAIに頼む
次の指示文を、普段使っているAIにそのまま貼ってください。かっこの中は、ご自分の端末に書き換えます。
「私が持っている端末は次のとおりです。(例:スマホ、腕時計型の端末、ノートパソコン)。会議や商談を録音し、文字起こしして要点をまとめたいと考えています。新しい機器を買わずにできる方法を、端末ごとに表にしてください。列は『できること』『日本語の文字起こしに対応しているか』『データの保存先(端末の中か、外部のサーバーか)』の3つです。分からない項目は推測で埋めず、『要確認』と書いてください。」
最後の一文が肝心です。AIは分からないことも、もっともらしく埋めてしまうことがあります。「要確認」の欄は、ご自身で調べる宿題として残ります。
②同意の一言を用意する
録音は、相手の同意を得てから。会社に録音の決まりがあれば、それにも従います。切り出し方に迷う方は、これを使ってください。
「商談の冒頭で、録音の同意をいただくための一言を3案つくってください。丁寧で短く、録音の目的(やり取りを正確に残すため)と、データの扱い(社内の記録にだけ使うこと)を入れてください。」
③議事録の前に対照表を出させる
録音を文字にしたら、すぐ清書させずに一度止めます。
「この文字起こしから議事録を作る前に、『元の発言』と『議事録に書く要約』の対照表を作成してください。私が確認してから清書してください。」
表を見て、ずれている行だけ直す。講義でお話ししたファイル名のやり方を、会議の記録に当てはめただけです。3つとも、5分あれば始められます。
僕なら、まだ腕時計には議事録を任せません
AIの便利さを得るのに、新しい機械が先とは限りません。まず今ある端末で試し、実行の前に対照表で確かめる。録音なら、同意と保存先を確かめてから始める。この順番を守れば、手軽さはそのまま安心につながります。
では、話題の腕時計のアプリはどうするのか? 体のデータと会話を重ねて1日を見返すのは、面白い発想だと思います。ただ、現時点では文字起こしが日本語に対応していないとされています。僕なら、日本語の会議や商談の記録用としては、まだ選びません。対応がはっきりしてから、まずは自分ひとりの振り返りで試します。
パソコンとスマホをつなぐ道具も同じです。気になったら、①の棚卸しの表に1行足して、自分の使い方に必要かを見比べる。買うかどうかは、その後で十分間に合います。
僕はエンジニア経験ゼロから、自分で設計図を書いて、48時間でAI経営本部を組みました。その立場から言えば、今日の3つの手順に機械の専門知識は要りません。要るのは、実行の前に一度止まる習慣です。
最後に、もう一度だけ自分に聞いてみてください。いまのAIの使い方は、自分ひとりの範囲で止まっていないか? 相手のいる場面にAIを持ち込むなら、決まりと段取りが欠かせません。そこを整えるのは機械ではなく、あなた自身の判断基準です。
僕なら、明日の会議の前に①の表を作り、②の一言を手帳に書いておきます。それだけで、録音機を買うかどうかの答えは、半分出ているはずです。
AIに何を任せ、何を自分で決めるのか? その線引きを考える手がかりを、次にご用意しています。


