「普通の言葉」で、量子回路が設計された
最近、AIの世界で大きな話題が2つ続きました。
1つ目は、AnthropicがClaude Mythos 5に普通の言葉で指示を出すだけで、これまで発表された中で最も良いものより効率の良い量子回路を設計できたと発表したことです。量子回路とは、量子コンピュータに計算をさせるための「段取り表」のようなものだと思ってください。2つ目は、Googleが量子チップのWillowで、計算に必要な特別な状態を、従来より約40分の1の誤りで作れたと報告したことです。どちらも、化学や新しい素材の研究への応用が見込まれています。
正直に言うと、最初に読んだときは別の世界の話に見えました。僕が回している物販・飲食・情報・サービスの4事業とは、ずいぶん遠いところにあります。明日の売上が変わる話でもありません。
それでも、このニュースは覚えておく価値があります。理由は2つです。
1つは、取引先の業界の動きとして。素材・化学・製薬の会社とお付き合いがあるなら、相手の開発のスピードが上がる兆しとして話題にできます。「AIが量子回路を設計したそうですね」と話を振れば、相手の現場でいま何が起きているのかを聞くきっかけになります。
もう1つのほうが、今日の本題です。注目してほしいのは「普通の言葉で指示を出すだけで」という部分です。最先端の研究ですら、AIへの入口は言葉なのです。
では、あなたの仕事では何が変わったでしょうか?AIに質問はしてみた。文章も書かせてみた。それなのに、毎日の仕事の中身はほとんど同じまま。もし心当たりがあるなら、原因は道具の性能ではありません。研究者がAIに最先端の設計を任せられる時代に、僕たちが身近な仕事すら任せられないのはなぜなのか?次の章で、その仕組みをほどいていきます。
任せる手前で止まる、本当の理由
AI時代に大事なのは、仕事をAIに「任せる」ことです。ところが、いちばんの壁は道具の知識ではありません。見落とされがちな原因は、頼みたいことを言葉にする力と、AIが動く前に確かめる段取りがないことです。
僕は講義で、AIの使い方を5つの段階に分けて話しています。レベル1は「聞く」、レベル2は「一緒に作る」。ここまでは、AIが出したものを人が受け取って使う段階です。レベル3は「任せる」、レベル4は「連携させる」、レベル5は「自律させる」。こちらは、AIが人の代わりに手を動かす段階です。
レベル2と3の間には、大きな段差があります。聞くだけなら、答えが変でも読み流せば済みます。ところが任せた瞬間、AIは実際にファイルを書き換え、名前を変え、場所を動かします。頼み方があいまいなら、頼んでいないことまでやってしまう。それが怖くて、結局は自分の手でやる。多くの人がレベル2で止まるのは、この怖さのせいです。
たとえば、こんな場面を思い浮かべてください。物販なら、商品写真のファイル名がばらばら。飲食なら、仕入れ先ごとの請求書が1つのフォルダに山積み。情報発信なら、過去の原稿の名前に日付があったりなかったり。どれもAIに頼めば数分で片づく仕事ですが、「全部まとめて直して」と一言で投げるのは危ない。元の名前が分からなくなれば、取り返しがつきません。
では、どうすれば安心して任せられるのか?答えはシンプルで、AIに「やる前に、何をやるかを見せてもらう」ことです。量子回路の研究でも、AIが出した設計を人が確かめているはずです。規模は違っても、言葉で頼み、出てきた案を確かめ、それから動かす。この順番は同じです。
僕自身、エンジニアの経験はゼロです。それでもAI経営本部を48時間で組み上げられたのは、プログラムを書けたからではなく、自分で設計図を書き、やってほしいことを言葉にしたからでした。壁を越える力は、技術ではなく言葉の側にあります。
今日そのまま試せる2つの手順
ここからは、記事を閉じたらすぐ試せる手順を2つ渡します。
1つ目は、自分の現在地を確かめることです。次の5つに、上から順に「はい」か「いいえ」で答えてください。
① AIに質問したことがある
② AIと一緒に、文章や資料を作ったことがある
③ AIに、ファイルの整理など手を動かす作業を任せたことがある
④ 複数のAIを、仕事に合わせて使い分けている
⑤ 人が見ていなくても、AIが決まった時間に自動で動く作業がある
「はい」が続いた最後の番号が、あなたの今のレベルです。そして、その次の番号が越えるべき壁になります。全部を一度に目指さず、次の壁を1つだけ決めてください。講義で強調しているのは、レベル3から4への壁が「個人の効率化」から「組織の設計」への切り替えだということです。まずは3に届くことを目標にすれば十分です。
2つ目は、レベル3の最初の一歩として、ファイル名をそろえる作業を任せてみることです。選ぶのは、消えても困らないフォルダを1つだけ。いきなり大事な書類で試さないことが肝心です。そのうえで、次の指示文をコピーして使ってください。
――ここから――
このフォルダの中のファイル名を「日付_取引先名_書類の種類」の形にそろえてください。
ただし、いきなり変更はしないでください。
変更前後の対照表を作成してから実行してください。
対照表を確認して「実行して」と伝えるまでは、名前を変えないでください。
不要に見えるファイルがあっても削除せず、「保留」という名前のフォルダに移動してください。
――ここまで――
名前の形は、自分の仕事に合わせて書き換えて構いません。
ポイントは2つです。1つは「変更前後の対照表を作成してから実行してください」の一文。表が出てきたら上から目で追い、気になる行だけ「この行は〇〇に直して」と伝えてから実行させます。これで元の名前を失わずに済みます。もう1つは「削除せず移動」の一文です。この2行を足すだけで、AIに任せる怖さはぐっと小さくなります。
量子は追わない。言葉で任せる経営者になる
今日の話をまとめます。
AIが量子回路を設計し、量子チップの誤りが大きく減った。どちらも、化学や新しい素材の研究を前に進める動きとして注目されています。ただ、経営者がここから受け取るべきものは、量子の仕組みの知識ではありません。取引先の業界で開発のスピードが上がる兆しとして覚えておくこと。そして、最先端の研究でさえ、AIへの入口は「普通の言葉」だという事実です。
言葉で頼めるなら、確かめてから動かすことも言葉でできます。対照表を先に出させる。削除せずに移動させる。たった2行の工夫で、聞くだけのAIが、任せられるAIに変わります。AIは使うものではなく、育てるもの。育てるとは、こうした頼み方を1つずつ積み上げていくことだと僕は考えています。
僕が目指しているのは、量子コンピュータを語れる経営者ではありません。自分の仕事を言葉で説明でき、その言葉でAIに安心して任せられる経営者です。毎月の対面合宿を続けているのも、画面越しでは伝わりにくい「頼み方の手触り」を、同じ場所で一緒に確かめたいからです。
僕なら、こうしたニュースを読んだ日の夜、2つだけ動きます。
1つ目は、ニュースの要点を自分の言葉で一行にしておくことです。「AIが普通の言葉の指示で、これまでで最も良いものより効率の良い量子回路を設計した」。これだけ言えれば、取引先との雑談で十分に使えます。知ったかぶりはせず、相手の現場の話を聞く側に回ります。
2つ目は、消えても困らないフォルダを1つ選び、さっきの指示文で名前をそろえさせることです。対照表を見て、直したい行を直してから実行させる。10分もかからない作業ですが、「AIが動く前に確かめる」感覚が手に残ります。
世界の最先端は、AIに言葉で頼むところまで来ました。僕たちの机の上も、同じ入口から変えられます。僕なら、量子のニュースを追いかけるより先に、今夜1つのフォルダで対照表を出させます。


