Claudeを作るAnthropicがこの10月にシンガポールに事務所を開き、ChatGPTのOpenAIもすでにこの国をアジア太平洋の拠点にしています。人口およそ600万人の小さな国に、なぜアメリカのAI大手が集まるのか? AIエージェント(AI秘書)に毎日仕事を任せている経営者の目で、その理由と、日本の会社が学べることを考えます。
この記事の結論
結論を先に3つお伝えします。1つ目。Anthropicが、この10月、シンガポールに事務所を開きます。OpenAIも、すでにこの国をアジア太平洋の拠点にしています。アメリカのAI大手が、この小さな国に集まっています。
2つ目。理由は2つです。AIを使う人がとても多い国であること。そして、AIのルールを世界に先がけて作っている国であること。
3つ目。これは日本の会社にもそのまま当てはまります。AIエージェントを使う量を増やすことと、ブレーキになる関所を作ること。この2つを同時に進める会社が強くなります。
シンガポールで何が起きているのか?
9月16日、Anthropicはシンガポールに事務所を開くと発表しました。東南アジアでは初めてで、アジア太平洋では東京、インドのベンガルール、ソウル、シドニーに続く5か所目です。東南アジア全体を担当する責任者も、シンガポールに常駐させます。
OpenAIはそれより早く、2024年の10月にシンガポールに拠点を置くと発表し、アジア太平洋の顧客や政府を支える拠点にしました。アジアでは東京に続く2か所目です。さらにMicrosoftも今年の4月、シンガポールのクラウドとAIの基盤に、5年間で55億ドルを投じると発表しています。
人口はおよそ600万人で、東京都の半分にも届きません。それでもAIの大手が、そろってこの国に足場を作っているんです。
理由1:AIを使う人が多い国
Anthropicが公表している利用の調査によると、シンガポールは、人口あたりのClaudeの利用が121か国の中で2位でした。人口の大きさから予想される量の、5.81倍使われています。OpenAIの幹部も、人口あたりのChatGPTの利用は世界一だと話しています。
しかも、国が使う人を育てています。9月には200を超えるAIの講座を始めました。18歳以上の国民が対象の講座を受けると、ChatGPTやGoogleのAIなど、有料のAIを6か月、無料で使えます。
AIの会社から見れば、使ってくれる人がもうそこにいる。お客さんがいる場所にお店を出すのは、商売の基本ですよね。
理由2:AIエージェントのルールを先に作る国
今年の1月、シンガポールはAIエージェントのための統治の枠組みを発表しました。AIエージェントに絞った枠組みとしては、世界で初めてのものです。
AIエージェント、つまりAI秘書は、質問に答えるだけのAIではありません。人の代わりに調べものをしたり、書類を作ったり、手を動かして仕事を仕上げてくれます。手を動かすからこそ、どこまで任せるのか? を決めておく必要があります。その決め方を、国が先に示したわけです。
中身は4つの柱です。最初に危険を見積もり、AIが自分で動ける範囲と使える道具やデータに上限を決める。大事な場面では人が承認し、最後に責任を持つのは人。試験をして、許可した道具だけを使わせる。使う人に説明と研修をする。僕が会社でAIエージェントに守らせている決まりと、ほとんど同じ考え方です。
国連で語られた「エンジンとブレーキ」
9月26日の国連総会で、シンガポールのバラクリシュナン外務大臣は、AIをいま最も差し迫った課題の1つだと話しました。そして「魔神は、もう瓶から出てしまった」と言っています。AIを止めることはもうできない。だから止めるのではなく、安全に走らせる、ということです。
外務大臣はAIを高性能の車にたとえました。新しい技術は強力なエンジン。でも安全に走るには、よいブレーキが要る。厳しい試験と、自分で動くAIへのはっきりした限度です。そして、最後は人間が主導権を持ち、責任を負わなければならないと訴えました。
僕がいちばん大事だと思うのは、ブレーキがあるから安心してアクセルを踏める、という点です。お金や個人の情報を扱う仕事ほど、どこまで任せていいのか? が決まっていないと、AIを入れられません。使う人が多いからルールが育ち、ルールがあるからもっと使える。この2つがぐるぐる回っていることが、AIの会社がシンガポールに集まる本当の理由だと僕は見ています。
日本の会社が学べること:使う量と関所を同時に
国がやっていることを、会社の大きさでやればいいんです。僕は3つにまとめています。
1つ目は、使う量を増やすこと。まず社長自身が毎日AIエージェントに仕事を任せ、社員にも道具を渡して使い方を教えます。
2つ目は、関所を先に作ること。AIに任せる仕事を、禁止、確認、自動許可の3つに分けておきます。大事なファイルを消すことは禁止。お客さんにメールを送ること、お金を払うことは必ず僕に確認。調べものや下書きは自由に任せる。お願いではなく、仕組みで止めます。
3つ目は、最後に決めるのは人にすること。人は判断、作業はAIです。
気をつけたいのは、片方だけになることです。ブレーキだけの会社は怖がってAIをほとんど使わず、仕事は何も変わりません。エンジンだけの会社は、いつか大事なファイルを消したりお客さんの情報を外に出したりして、慌てて全部止めることになります。どちらも結果として止まってしまうんです。
そして、小さな国だから決めるのが速いように、社員が数人、数十人の会社なら、社長が決めればその日から始められます。小さいことは、AIの時代には弱みではなく強みになります。
5年後・10年後、AIはどこに集まる?
ここからは僕の見立てです。5年後、AIの会社は、使う人が多くルールのはっきりした国に、ますます集まっているはずです。同じことが会社の単位でも起きます。AIエージェントに安心して仕事を任せられる会社に、人も取引も集まっていくと僕は見ています。
10年後、AIを上手に使える会社と使えない会社の差は、AIの性能の差ではありません。エンジンとブレーキの両方を持っている会社と、片方しか持っていない会社の差だと、僕は考えています。
まとめ
Anthropicはこの10月、シンガポールに事務所を開きます。OpenAIもMicrosoftも、すでにこの国に足場を作っています。理由は、AIを使う人が多いことと、AIエージェントのルールを世界に先がけて作っていることです。
会社も同じです。AIエージェントを使う量を増やすことと、関所を作ることを、同時に進める。道具は枝葉、仕組みは幹です。
動画では、シンガポールの街から、僕自身の言葉でこのお話をしています。国連の演説の中身や、僕が会社で使っている関所の分け方も、動画を見ていただくとより深く分かると思います。


