「おすすめが気に入らない」を、2時間で自分の道具に変えた話
最近、X で大きく広がっている話があります。ある開発者が、AIだけで自分専用の動画サイトを約2時間で作った、という話です。
材料は、海外の掲示板 Hacker News(エンジニアが集まる書き込みサイト)にたまった約20年分の書き込みでした。その中で繰り返し「これは見たほうがいい」と勧められている YouTube の動画を約6,400本抜き出し、専用の視聴サイトとして公開したそうです。
使ったのは Claude Code(パソコンの中で作業まで進めてくれるAI)の Mac 用デスクトップ版。本人によると、中くらいの思考量で動かし、約2時間で仕上げたといいます。
僕がいちばん目を留めたのは、速さではありません。人が自分の手を動かしたのは、Google Cloud での API キー(外部のサービスを使うための鍵)の発行、サーバーの用意、ドメイン(サイトの住所)の購入。この3つだけだった、と正直に書かれていた点です。
「おすすめが気に入らない」。動画でも通販でも、誰もが一度は感じる不満でしょう。それを、コードを1行も書かずに週末の数時間で自分の道具に変えた。しかも手作業で残った部分まで隠さずに見せた。だから読んだ人が「自分にもできそうだ」と感じ、広がったのだと僕は見ています。
では、40〜50代の経営者や会社で働く方にとって、この話は他人ごとでしょうか?
僕はそう思いません。会社には、ためこんだ文章が必ずあります。お問い合わせの履歴、お客さまの口コミ、日報、メールのやり取り。量が多すぎて、誰も読み返さない文章です。動画を選び出した仕組みは、そのまま「自社の声の中で、よく名前が挙がるもの」を拾い出す道具になります。
ただ、ここで多くの方がつまずきます。「全部AIに任せればいい」と考え、いきなり大事なファイルを渡してしまう。思った通りに動かなかったり、元のデータが分からなくなったりして、「やっぱり仕事には使えない」と手を止めてしまうのです。
任せる線と判断の基準を、先に決めておく
この話の本当の学びは、「AIがすごい」ではありません。人がやる部分と、AIに任せる部分の線がはっきりしていたことにあります。
僕の講義では、AIの使い方を5つの段階に分けて話しています。レベル1は聞く、レベル2は一緒に作る。レベル3から先は、任せる、連携させる、自律させる。この2と3の間に、大きな段差があります。2時間で動画サイトを作った話は、まさにレベル3の「任せる」です。
段差を越えられない理由は、道具の知識不足ではありません。何をAIに任せ、何を自分が持つのか?それを言葉にできていないからです。
動画サイトの例では、線が明確でした。支払いや契約がからむもの、外の会社にアカウントを作るものは人。読む・選ぶ・数える・画面を作るはAI。経営者に置き換えるなら「契約・支払い・アカウントの発行は自分。それ以外の読み込みと形づくりはAI」となります。この線を先に引いておけば、AIが勝手にお金を使う心配も、知らない会社に登録される心配もなくなります。
もう一つ、線を引く前に置いておくものがあります。判断の基準です。
講義では、iPhone のたとえで話しています。iPhone の OS(土台になる仕組み)がなければ、どんな優秀なアプリも動きません。会社の判断基準も同じで、それが土台です。事業ごと、作業ごとに基準を作り直すのではなく、土台になる基準を1つ決め、その上で個々の仕事を動かします。
たとえば「お客さまの不安を先に消す」という基準が土台にあれば、口コミを一覧にするときも、AIは数の多い褒め言葉より、少数でも不安の声を目立たせるようになります。基準がなければ、AIは「数が多い順」という一番無難な並べ方を選ぶだけです。同じ材料でも、基準の有無で、できあがる道具の値打ちが変わってきます。
僕自身、エンジニアの経験はゼロです。それでもAI経営本部を48時間で組み上げられたのは、自分で設計図を書き、任せる範囲と判断の基準を先に決めたからでした。
今日試せる手順:お客さまの声から「よく名前が挙がるもの」を一覧にする
では、今日そのまま試せる形に落とします。用意するのは、パソコンのフォルダを読めるAI(Claude Code など)と、自社の文章だけ。サーバーもドメインもいりません。できあがったページは、自分のパソコンで開ければ十分です。
手順1:消えても困らないフォルダを1つ作る
デスクトップに新しいフォルダを作り、お問い合わせの履歴や口コミを「コピーして」入れます。元のファイルは動かしません。最初に任せるのは、消えても困らない1つのフォルダから。講義で繰り返しお伝えしている入り口です。なお、お客さまの名前や電話番号が入っている場合は、その部分を外してからコピーしてください。
手順2:判断の基準を1行書く
「うちが大事にしていること」を1行で。立派な文章でなくてかまいません。
手順3:次の指示文をそのまま貼る
このフォルダには、当社に届いたお問い合わせと口コミの文章が入っています。
【目的】お客さまの声の中で、繰り返し名前が挙がる商品・サービス・困りごとを一覧にし、社内で見られるページを1つ作ること。
【判断の基準】(ここに、うちが大事にしていることを1行で書く)。この基準に照らして、大事なものが上に来るように並べてください。回数が少なくても、不満や不安の声は別の欄にまとめてください。
【進め方】
1. すべてのファイルを読み、名前が挙がった項目・回数・代表的な一文を表にして見せてください。ページはまだ作らないでください。
2. こちらが表を確認して「進めて」と伝えたら、その表をもとに、ブラウザで開けるページを1つ作ってください。
3. 元のファイルは書き換えず、削除もしないでください。不要なものがあれば、削除せず別のフォルダに移動してください。
4. 外部サービスへの登録・支払い・公開が必要になったら、その手前で手を止めて知らせてください。
手順4:表を見てから「進めて」と言う
ここが要です。講義の第1回で、ファイル名を一括で変えるときに「変更前後の対照表を作成してから実行してください」と足す話をしました。表を見て、気になる行だけ直してから実行すれば、元の名前を失いません。今回も同じ考え方です。いきなりページを作らせず、まず表で中身を確かめる。同じ商品が別の呼び名で二重に数えられている、といったズレも、表の段階なら一言で直せます。
僕なら、1つのフォルダと1枚の表から始めます
動画サイトの話は、派手に見えます。2時間、約6,400本。けれど中身を分けてみると、やっていることは素直です。ためこまれた文章を読ませ、繰り返し名前が挙がるものを数え、見やすく並べる。人は鍵とサーバーと住所の3つを用意するだけ。
会社の仕事に置き換えても、骨組みは同じです。違うのは、材料が掲示板の書き込みではなく自社のお客さまの声であること。そして、その声には会社の判断基準を通して読む値打ちがある、ということです。
つまずきやすい点を2つ挙げておきます。
1つ目は、最初から外に公開しようとすること。社内の道具なら公開はいりません。外に出す話は、中身が役に立つと確かめてからで遅くありません。
2つ目は、表を飛ばすこと。AIの作業は速いぶん、間違いも速く広がります。一度表を見るだけで、元に戻せない失敗のほとんどは手前で止まります。
僕なら、今日はこう動きます。過去のお問い合わせを数十件だけコピーして、新しいフォルダに入れる。判断基準を1行書いて、指示文を貼る。出てきた表を、コーヒー1杯の時間で眺める。そこで「この声が、こんなに多かった」という発見が1つでもあれば、次の週に件数を増やします。発見がなければ、件数ではなく判断基準の1行を書き直します。
AIは、使うものではなく、育てるもの。最初の1回で完璧な道具はできません。それでも、任せる線と判断の基準を先に決め、表で確かめてから進める。この順番さえ守れば、失うものはほとんどありません。
おすすめが気に入らないなら、自分で作ればいい。その発想は動画に限らず、あなたの会社のお客さまの声にもそのまま使えます。1つのフォルダと1枚の表。それが、レベル3の「任せる」へ進むいちばん小さな一歩だと、僕は考えています。


