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同じ文章を読み続けるということ

なぜ特定のメッセージを読み続けているのか?

あなたは、なぜここにいるのでしょうか。

この問いは責めているのではありません。

純粋な問いです。

僕の文章を読み続けているということは、何かがあなたを引き留めている。

その「何か」を、あなた自身は言葉にできますか。

多くの人は、自分がなぜ特定のメッセージを読み続けているのか、明確に説明できません。

面白いから。役に立つから。

そう答える人もいるでしょう。

でもその説明は、どこか表面的です。

面白いメッセージも、役に立つメッセージも、世の中には無数にある。

なぜ他ではなく、これなのか。

その問いに答えられる人は、実はとても少ない。

僕は20年以上、文章を書き続けてきました。

その間に気づいたことがあります。

人が何かに共鳴しているとき、本人はそれに気づいていないことが多い。

頭では「なんとなく読んでいる」と思っている。

でも体は正直です。

忙しい日々の中で、わざわざ時間を割いて読んでいる。

その行動自体が、無意識の選択を物語っています。

共鳴という言葉を使いましたが、これは同意とは違います。

書かれていることに全面的に賛成しているわけではない。

むしろ、引っかかりや違和感を感じている部分もあるかもしれない。

でも、その引っかかりこそが共鳴の証なのです。

どうでもいいものには、人は引っかからない。心が動くから、引っかかる。

あなたの中に、言葉にならない問いがあるのではないでしょうか。

自分でも輪郭がつかめない、でも確かに存在する何か。

その問いが、あなたをここに引き留めている。

僕の文章は、その問いに直接答えを与えるものではないかもしれません。

でも、問いの輪郭を少しずつ浮かび上がらせる鏡のような役割を果たしているのかもしれない。

人は自分の内面を、直接見ることができません。

鏡がなければ、自分の顔すら見えない。

同じように、自分の思考や感情の深層も、何かを通してしか見ることができない。

本を読む。

人の話を聞く。

文章に触れる。

そうした行為を通じて、自分の内面が少しずつ映し出されていく。

あなたがここにいる理由は、僕の文章が好きだからではないかもしれません。

僕という人間に興味があるからでもないかもしれない。

あなたは、あなた自身の問いを探しているのではないでしょうか。

僕の言葉を鏡として、自分の内面を覗き込もうとしているのではないでしょうか。

もしそうだとしたら、その姿勢は正しいと僕は思います。

長く読み続ける人に共通する、ある特徴

20年以上メッセージを続けていると、読んでくださる方々の顔が見えてきます。

すぐに離れていく人がいます。

数回読んで、もう来なくなる。それは自然なことです。

合わなかっただけ。

何も悪いことではありません。

一方で、何年も読み続けてくれる人がいます。

5年、10年、中には15年以上という人もいる。

この長期の読者に、ある共通点があることに僕は気づきました。

彼らは、僕に何かを求めていないのです。

これは逆説的に聞こえるかもしれません。

メッセージを読むということは、何かを得たいからではないのか。

情報が欲しい、知識が欲しい、答えが欲しい。

普通はそう考える。

でも長く読み続けている人たちは、そういう姿勢ではない。

彼らは僕の文章を、自分自身を映す鏡として使っているのです。

バンダイで働いていた頃、僕は毎日大量の社内資料を作成していました。

部会、課会、報告会。働けば働くほど書類作業が増える。

その構造的な矛盾に、当時の僕は言葉にできない違和感を抱えていました。

1日10時間の拘束、上下左右の人間関係のバランス調整。

消耗していく感覚はあったけれど、それが何なのか、自分では説明できなかった。

そんな時期に、僕はあるメッセージ者の文章を読み始めました。

その人が書いていることに、すべて同意したわけではありません。

むしろ反発を感じる部分もあった。

でも読むのをやめられなかった。

なぜなら、その文章を読むたびに、自分の中の違和感が少しずつ言語化されていく感覚があったからです。

僕はそのメッセージ者に、答えを求めていたわけではありません。

自分の問いを、その人の言葉を通して探していたのです。

長く読み続けてくれる読者も、同じことをしているのだと思います。

彼らは僕の文章を読みながら、自分自身と対話している。

僕が書いた言葉に反応する自分の心の動きを観察している。

「なぜこの部分に引っかかるのか」

「なぜこの表現が気になるのか」。

そうした自問を通じて、自分の内面を探索している。

だから彼らは、僕が何を書いても読み続けてくれる。

内容に一喜一憂しない。特定の情報を期待していないから、期待外れということもない。

彼らにとって僕の文章は、目的地ではなく道具なのです。

自分を知るための、鏡という道具。

あなたはどうでしょうか。

僕に何かを求めていますか。

それとも、僕の言葉を使って、自分自身の何かを探していますか。

僕自身が、ある問いから離れられなかった経験

僕にも、長く読み続けた本があります。

その本との出会いは、香港駐在時代でした。

2003年からバンダイの香港オフィスで働き始め、アジア各国を飛び回る日々。

表面的には充実していた。

でも夜、部屋に戻ると、言葉にならない空虚感があった。

このまま会社員として生きていくのか。

それとも別の道があるのか。

その問いが、胸の奥で静かに燃えていました。

あるとき、一冊の本を手に取りました。

投資や事業についての本ではありません。

人間の生き方について書かれた、どちらかというと哲学的な本でした。

著者のことは何も知らなかった。

たまたま空港の書店で目に入っただけ。

でもその本を、僕は何度も読み返すことになりました。

最初に読んだとき、正直よくわからなかった。

難解というわけではないけれど、すっと入ってこない。

でも気になる。

数ヶ月後にまた読む。

すると、前回は見えなかった部分が見えてくる。

また数ヶ月後に読む。

また新しい発見がある。

その繰り返しが、何年も続きました。

なぜそこまで読み続けたのか。

著者のファンだったからではありません。

その本が面白かったからでもない。

僕は、自分の問いからから離れられなかったのです。

そしてその本を読むたびに、問いの輪郭が少しずつ鮮明になっていく感覚があった。

メンターの大富豪と出会ったのは、その後のことです。

NVIDIA株の話を聞いたとき、僕の中で何かが繋がりました。

あの本を読み続けていた時期に抱えていた問い。

「自分はどう生きるのか」という漠然とした問いが、「何に時間と資源を投じるのか」という具体的な形に変換された瞬間でした。

振り返ってみると、あの本を読み続けた年月は、僕の土台を作る時間でした。

直接的な答えを得たわけではない。

でも、問い続けることで、自分の判断軸が少しずつ形成されていった。

メンターの大富豪の言葉を信じてNVIDIA株を購入できたのも、その土台があったからです。

人は、答えを求めて本を読むと思っている。

でも本当に大切なのは、問いを育てることなのかもしれません。

答えは状況によって変わる。

でも、自分にとって本質的な問いは、そう簡単には変わらない。

その問いを見つけ、深め、言語化していく作業。

それこそが、読み続けるという行為の本当の意味なのだと、僕は思っています。

あなたの問いを、自分の言葉で書き出してみる

ここまで読んでくれたあなたに、一つだけお願いがあります。

紙とペンを用意してください。スマートフォンのメモでも構いません。そして、自分の問いを書き出してみてください。

「私は何を探しているのか」

この問いに対する答えを、自分の言葉で書いてみる。

うまく書けなくていい。正解はありません。

今の時点で思いつくことを、そのまま書き出すだけでいい。

僕の文章を読み続けているということは、あなたの中に何かの問いがあるということです。

その問いは、まだ言葉になっていないかもしれない。

輪郭がぼんやりしているかもしれない。

でも確かに存在している。だからあなたは、ここにいる。

書き出すという行為には、不思議な力があります。

頭の中でぐるぐる回っているだけでは見えなかったものが、文字にした瞬間に見えてくる。

「ああ、自分はこういうことを考えていたのか」と、自分自身に驚くことがある。

僕が2004年からメッセージを続けてこられたのも、書くことで自分の問いを言語化し続けてきたからです。

書くことは、考えることです。

そして考えることは、自分を知ることです。

あなたの問いは、あなただけのものです。

あなた自身が、自分の内面を覗き込んで、探し出すしかない。

でもその作業を、一人でやる必要はありません。

僕の文章を鏡として使ってくれていい。

他の本でも、他のメッセージでも、何でもいい。

大切なのは、問いから逃げないことです。

50代に入り、僕は体力の衰えを感じる時期がありました。

目が霞む。言葉が出にくい。若い頃のようにはいかない。

でもその分、何に時間を使うかの選択が鋭くなった。

本当に大切な問いだけを追いかける。

それ以外は手放す。

その取捨選択ができるようになったのは、自分の問いを言語化し続けてきたからです。

あなたの問いは何ですか。

この文章を閉じる前に、一度立ち止まって考えてみてください。

そして、できれば書き出してみてください。

今すぐ答えが出なくてもいい。

問いを書き出すこと自体が、最初の一歩です。

僕はここで、書き続けます。

あなたが自分の問いを見つけるまで、その鏡であり続けます。

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